六月二八日 朝の話

 寝室の窓。閉じられた厚手のカーテンの隙間から朝陽が射し込む。それ以外に光はないから余計に眩しく感じられた。露出していた肩口が肌寒くて、毛布を引き寄せ頭までかぶった。薄く目を開けて光に目をならしながら、ヘッドボードに置いた携帯電話に手を伸ばそうとしたところで、あることに気がつく。昨日、確かにともにベッドに入ったはずの彼がいないのだ。

 二人ともそこまで大柄というわけではない。しかし、本来の一人用のベッドでいることがわからないほど距離を取ることなんてできないだろう。念のため、彼が寝ていたほうに手を伸ばして動かしてみるが、誰もいない。低血圧と眠気でぼうっとした頭に障らないように、ゆっくりと起き上がる。まだ開ききらない瞼を瞬かせて、寝室を見渡し、ぽつり、と彼の名前を呟いた。寝起き特有の掠れた低い声は、誰に届くわけでもなく、消える。

 体には少し、ふわふわとした感覚が残っているが、ベッドから降りてリビングに向かう。二度寝をしたり、意識がはっきりとするまで携帯をいじったりするのが常なのだが、今日はその選択肢がなかった。ベッドボードに置いていた眼鏡を掛けるのも忘れて寝室のドアを開けると、焼きたてのトーストとコーヒーの匂いがした。彼の朝食の定番だ。

 リビングと寝室はちょうど廊下の端と端だ。しっかりと上げる程の力が入らない足が床と擦れて音を立てる。フローリングが冷たくて気持ちがいい。

 静かに居間の扉を開ければ、ダイニングテーブルに朝食を並べる彼の背中が、キッチンのカウンター越しに見えた。どうやらこちらには気がついていないらしい。そのまま気がつかれないように背後に忍び寄ると、彼の背中に額を乗せる。彼は、一瞬驚いて肩を震わせたが、すぐに顔だけこちらに向けて、

「おはよ」

 挨拶の言葉を言い微笑んだ。それから後ろ手にこちらの右手の指先を触れ、

「まだ眠いんだろ? しばらく起きてこないと思った。トーストとハムエッグ作ったんだけど、食べるか?」

 質問には応えなかった。口を開けば言わなくてもいいことを言いそうだったから。微動だにしないでいると、

「どうかした?」

 と言われた。心なしか心配をするような声色だったが、それは不本意だった。せめて表情は見せようと思い顔を上げ、体を離すと、今度は完全にこちらに向き直った彼と目が合う。起きたときに隣になくて寂しかったとか、そんなことを思っている自分が恥ずかしいとか、思わされて悔しいとか。いろんな感情が溢れてきて、もう、どうしようもない。余計なことを言うかもしれない口は固く結び、口ほどに物を言うらしい目線は下に向け、最後に彼の胸を手の平で叩く。これ以上同じ空間にいたらおかしくなりそうなので、戸惑っている彼を尻目に自室へ戻ることにした。

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