六月二九日 放課後の話

 中間試験が終わり、放課を告げるチャイムが鳴り響いている。我先にと帰って行く人、久しぶりの部活に向かう人、意味もなく教室に残っている人。「この後ファミレス行こう」とか「テストどうだった」とか賑やかな声が聞こえた。テスト期間の放課後はずっと静かだったから、ギャップもあってより活気が溢れているように感じる。そんな光景を横目に俺は、人の流れに逆らうようにして階段を昇る。

 最上階の四階は特別教室しかないからか、普段から人通りが少ない。特に校舎の東棟と西棟を結ぶ渡り廊下は、屋外なことも相まって放課後ともなればほとんどの人は使わない。人目を避けたいときはよくこの場所に来ていた。

 金属製の扉を開けると熱気が吹き込んでくる。屋根のないコンクリートの渡り廊下は、朝降っていた雨で湿っている。その中頃には一人の生徒が、柵に寄りかかるようにして立っていた。

「やっぱりここにいたか」

 俺がその人物に声をかけると、鼻筋の通った端正な顔がこちらを向いた。二学年下の後輩。風に吹かれた薄い茶色の髪が光を反射して輝いている。

「先輩」

 耳障りのいい低い声が応えた。

「何か用ですか」

「いや、用ってわけでもないけど」

 俺は隣に行くと同じようにして柵に寄りかかる。

「最近、学校来てなかっただろ。さすがにテストは受けているかなって。最終日以外は、一年と三年じゃ終わる時間違うから会えるなら今日だろ?」

「そんなに会いたかったんですか」

「別に……」

 会いたかったかと言われると困ってしまう。毎日のように会っていたのが、いきなり姿を見なくなったら気になるのが普通だ。だから、そんなからかうような目で見ないでくれ。色素の薄い大きな瞳に吸い込まれそうになる。傾けた顔にかかる髪の隙間から、似合いのピアスが覗いている。先生は何も言わないだろうけど本当は校則違反だぞ、それ。しばらく見つめていると、この後輩はふと、瞬きをして視線を逸らして言った。

「まあ……、自分は来てくれると思って待っていたんですけど」

 思考がフリーズする。普段の可愛気のなさはどこに行った。

「はは、すげーあほ面」

 呆気にとられていると、笑われてしまった。あまりにも屈託のない笑顔だったから、これ以上直視することはできなかった。

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